司馬遼太郎記念館
司馬遼太郎記念館 平成16年11月9日 東大阪市下小阪3丁目

家から徒歩3分ぐらいの所に記念館があり、何時でも行けると思うとなかなか行けないものです。
町会から1枚入場券を貰い(町会の日帰り旅行の換わり)、しかもこの日、当町会の人が館長の
上村さんとお話が出きるという事なので、夫婦で行って来ました。時間に遅れ最後5〜6分ぐらい
しか話が聞けなかったが、司馬さんは庭の雑草も大事にし、抜くと注意をしていたそうで、雑草に
も命があり雑草があると色々な虫や鳥達がやって来ると言ったそうです。 良い話が聞けました。
司馬遼太郎の書斎と住まい(奥)

書斎はまさに司馬遼太郎の創造空間で、周囲の資料類は未完に終った「街道は行く 濃尾参州記」を
執筆していた当時のまま保存しているそうです。手前のサンルームでは資料を読んだり庭の木々を
ながめて休息をしたりしていた。
庭は雑木林のイメ−ジでつくられ、クス、シイ、ヤマモモ、ツツジ、ヤマブキなどの樹木や草花が
四季の風景を演出します。司馬遼太郎は、自然のままのたたずまいを好み、書斎の前にある土管にも、
ナノハナやツユクサを植えて眺めていたそうです。




記念館を見て感じた事は、司馬遼太郎は小説でも紀行文でも取材に行く前に、徹底的に資料を調べ、
地図に此処と此処に行くと丸を付け、綿密に計画を立ててから現場に取材に行っている。

かって作家・藤原審爾に「あなたの道楽は何ですか」と問われたとき、司馬遼太郎が返した言葉は、
「それは、書斎で読んだ資料や5万分の1の地図で調べたことが、現場を踏んだ時、ガラガラと
崩れることです―。」と答えたそうです。 なんと奥深く含蓄のある言葉でしょうか。

司馬遼太郎記念館では今挿絵展をやっていて、「街道が行く」で司馬遼太郎と同行して描いた
須田剋太画伯、等の挿絵が展示してありました。  この記念館は大阪が生んだ著名な建築家、
安藤忠雄の設計です。


記念館地下の中央に「21世紀に生きる君たちヘ」という文章のパネルがあり、長い文章の中から
司馬遼太郎がここが言いたいと思われるところが印象深く残り、書き留めましたので読んで下さい。

「21世紀に生きる君たちヘ」
(前略) 21世紀にあたって科学と技術がもっと発達するだろう。科学技術が洪水のように人間をのみこんで
しまってはならない。 川の水を正しく流すように君たちのしっかりした自己が科学と技術を支配しよい方向に
もっていってほしいのである。 (中略) 右において私は「自己」と言う事をしきりに言ったが、自己といっても
自己中心におちいってはならない。人間は助けあって生きているのである。     司馬遼太郎



次の時代の子供達に司馬さんが贈った言葉ですが、今21世紀を生きているすべての人に当てはめられると
思います。 それに、人と人との思いやりを強く文章の中で、のべておられました。  一度行ってみて下さい。

近鉄・八戸ノ里駅を南に。布施高校を通り越し、八戸ノ里病院の前の信号を右折して、百メートル位先の右側に記念館があります。

URL  http://www.shibazaidan.or.jp


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